昭和54年11月23日月例際
末永建郎先生教話
布教前の御挨拶
おかげを頂きまして、昨夜遅く大阪の方の旅行社の方より連絡がありまして、この度、私共の南米布教のための永住権が完全に取れましたという連絡がありました。
何か出発が明後日ですけれども、どうもなんか、こう、なんとなくまだ実感が湧かないんですけれども、あの、若先生がいつも、私最近よく言われるんですけど、実際、日本を飛び立ってみるまでは、なんかこう、大丈夫だろうかというような、また途中で引き換えさなくてはならないような事があるんじゃなかろうかと言われるんですけど、なんとなくまだそういう感じがする中で、出発の準備を只今させて頂いております。
丁度、開教10年の記念祭にブラジルから帰ってまいりまして、丁度2年の間、こちらの合楽教会に、また改めて、新たな修行のやり直しと言うような、修行の仕上げとも思われるような教会修行を過させて頂きまして、この2年間と言うものが、私自身の信心の上に大変な2年間であったことを今更のように実感させられております。
生みなす信心ということを良く最近言われますけれども、生みなす信心の内容の中には、いよいよ信心は日々の改まりが第一であるといわれた、信心の日々の改まりとでも言うのでしょうか、自分自身を見極めさせて頂いて、見極めたそこから改まりに改まっていくと言う、この日々の改まりが積み重ねてこそ間違いのない生みなす物が、いわえる、お徳が生みされてくる、おかげが生みなされてくるということになってくると思わせて頂く訳ですが。
半日、昨日、一昨日だったでしょうか、今度、南米布教のための御神米をお下げ頂きました、丁度3000体からの御神米をお下げ頂きました、その時に御神米をお下げ頂きます時に、親先生が( ? )御祈念して頂きまして、で御祈念が終わられて御神米を下げられる時に頂いたことですけど、御神米の「御」が消えて、「神米」と言う字を頂かれて、次に「開業」という、いわえる、医者やら、お医者さんやらお店を開業するときの開業と言う、この「神米開業」と言うことを頂かれたということを御理解に頂きました。
そして、それに対する御理解が神米ということは、よく新前社員とかと言うことを言いますけれども、いつもが新前の心に神業が開けると言うことを付け加えて御理解を頂いた時に、もう、なんか知らんこう、もう、神様の(いりき?)にこう、触れたような実感をさせて頂きました。
私は今度南米に渡らせて頂くのは、ブラジルに行かせて頂くのは、今度は2へん目なんですけど、最初の時はこう、何も分からずに、もう、ただガムシャラのような内容で行かせて頂きましたから、まあ、それだけに、なんと言いますか、一心一発と言うのでしょうか、一生懸命のものがそこにあったと思うのですけれども、今度はなんとなくこう、なんとなく何もかんも分かっとるような、そして、なんとなくそこになれたようなものがあって、心の中にこう、なんかこう、説明のしようのないこう、私自身の信心に対する一つの不安とでも言うのでしょうか、そういうものがあったんですけれども、その親先生の御神米をお下げ頂く時のお書き下げを頂いた途端に、もう心の中にあった不安とかというものが、もう、見事に吹っ切れるものを実感させて頂きました。そして、私はその御理解を頂いた時に、もうこれはもう、私の生涯のかけ守りにさせて頂こうとその時、思いながらその御神米を頂かせて頂いた訳ですけれども、本当に神様に慣れるとか、あの、ということ程怖いことはないと言われますけど、もう私達の信心がいつの( ? )とりわけ、私はなんといいますか、お調子者とでも言うのでしょうか、すぐ調子に乗って、乗りやすい様な、どっちかっち言うと、まあ、軽々しいタイプの人間ですけれども、そこに、もう神様の前にいつもが新前の心で向かわせて頂く所から、確かに神業が開かれると仰るような、私がこの2年間、合楽で学ばせて頂いた合楽の信心は、もう、まさしく、神業が開かれるほどしの信心であったことを今更のように実感させて頂きます。
親先生が仰る和道十全の教えというものは、もう確かに、なんといいますか、もう人間の力やら、人間の技で開く道ではなくて、神様が開いて下さる、神様が助けて下さる、神様の、いうなら、まあ、いうなら、すさまじい示現する働きとでもいうのでしょうか、そういう働きは合楽理念の中には、もう、じゅうにぶんに説かれて、また、親先生の信心に乗っとらせて頂くところから、そういう働きがいつの場合も私達の上に起きてくることを様々なかに感じさせて頂きます。
今日、久留米に、親教会に、あちらへ出発のための挨拶に行かせて頂く時に、丁度、幹三郎先生と同じ車だったもんですから、あの、信心共励をさせて頂きながら、行かせて頂いたんですけれども、これまでの、私自身の信心を、こう、振り返ってみると、私自身の信心体験は、こう、さほど対したことは、確かな物はないのですけれども、あの、私自身の信心が親先生の信心に触れ合うときに、そこから生まれて来る信心と言うものはどこを切手もおかげに直結するような、どこを切手もお徳に直結するような事柄ばっかりに驚かされます、それは、最近私はあちらに帰らせて頂きます前に、いろいろと遣り残しとった仕事があって、その中の一つに、あの、親先生の年表を以前つくらせて頂いておるのが途中まで、中途半端になっておりましたから、ある一つの区切りの所までは、是非とも仕上げさせて頂こうと思うて、いろいろと最後に親先生にお尋ねしたんですけれども、例えば、親先生のご信心を振り返ってみて、一番驚かされますことは、もう、どこを切っても親先生の場合は、もう、お徳に直結するような、おかげに直結するような、そういうもう、お話しばーっかりであることに私は改めて驚かされました。そして、なお、驚かされました事は、親先生が、例えば、修行と言うものは、もう、一気にやり抜くものだと言うことを良く仰いますけれども、親先生のご修行時代というのは、まさしく一気にやり抜かれた、あの、それがはっきり分からせて頂くことは、例えば、大変なご修行時代であられた長浜町でのご修行時代の、時代、今まで広い8畳の部屋から、それまで小屋につかっておった4畳半に移られた、それが、昭和23年の10月なんですけれども、そして、それからの一年間と言うものは、一番の修行の激しいだったと言うことを良くお伺いしますが、その23年の10月に移られて、明くる年の24年の12月には光昭先生が生まれらた時には、もう椛目の郷に帰られて、人がどんどん助かるようになっておられたという、まあ、いうなら、一番激しい時代はだから、ほんな一年間だったと言うことを、まあ、その後においても耐えることのないご修行が次々に続かれる訳ですけれども、例えばその間のことの一つ一つのことを拾い上げさせて頂きますと、もう、親先生の通られた一つ一つの体験が、もう、見事にお徳に直結していかれるような、もう、見事におかげに直結していかれるような事柄ばかりであったことを、もう、大変な驚きをもって、私は知らされた訳ですが、私達自身の信心を進める上に置きましても、その、確かに親先生との信心の触れ合いというのでしょうか、もう、そこにはもう、どこを切手もお徳に直結するようなお話しが、もうん、たくさんあることに驚かされるんです。
今度の私の南米行きは一番いい例だと思わせて頂く訳ですが、丁度2年前に、ブラジルに帰ります時に、いろんな都合で帰れなくなりました、それは領事館の申し入れによって、観光では渡らせないということでしたので、一応、福岡に、合楽に帰らせて頂いて、そして、改めてお取次ぎを頂きましたときに、「今度は宗教家として、正々堂々と渡りなさい」と言うことを仰って頂いた訳なんです。
私はそれを聞かせて頂いた時に、国と国との法律だけは、もう信心では絶対ダメだというような、もう、頭からそういう観念だった訳なんです、と申しますのは、事実、実際問題としまして、宗教家と言うのは現在のブラジル国には入国できないようになっております、これは、私はそういう意味での実例なんかは、もう、たくさん聞かせて頂きました。
以前旅行のお世話をして頂いた、ブラスビア旅行社と言う旅行会社の石井さんの話によりますと、もう、ともかく、ブラジル国が宗教家を受け付けない、もう、一番端的ないい例が、例えば、ブラジルはカトリックの国なんですけれども、そのカトリックのお坊さんが、あの、ローマ法から派遣されて、ブラジルに永住したいと言う時に、その申し入れをブラジル国の政府が断ったと言う話しを聞かせて頂いたことがあります、もう、大体なら、もうあちらはもう、国会が始まる時にしろ、学校が始まる時にしろ、もう、一切の公式の行事には、必ずカトリックのお坊さんがそこに来て、カトリックの儀式があって、それから始められるというお国柄なんですけれども、こと永住権ということに関しては、そのカトリックのお坊さんですら拒絶、許否してしまうという、そういうようなことを以前私は聞いておりましたから、もう宗教家としてブラジル国に入ると言うことだけは、これは、もう絶対私は不可能だと、もう頭からそう観念しきっておった訳なんです。
それで、まあ、私はいろんな、まあ人間的な手立てばかり(こうじ?)たんですけれども、観光で渡る方法がないもんだろうか、なんかこう、業務ビザといいまして、仕事を持ってあちらに渡る方法はないものだろうか、あるいわ、政治家の方に頼んで、いろんな( ? )下さる方がって、現在の、あの大平総理大臣やら、あるいわ、福岡の田中(六助?)さんとかという、まあ、かなりの実力のある政治家の方が、そういう方にお願いしてあげましょうと言う方もおって頂いた訳ですけれども、そして、最後に、まあ、結局国際協力事業団を通して農業移民で渡らせて頂こうということになって、その農業移民の手続をとったのが、丁度去年の11月の終わりの頃だったんです。
そして、その書類が日本で調えられてブラジルのサンパウロについて、サンパウロで受け入れ者の書類が出来て、それが向こうの政府に書類が提出されるまでは、もう、実にすむうずだったんです、まあ、この分で行くとたぶん5月か6月にはあちらに渡ることが出来るだろうという事だったんですけれども、ところが、書類が何もかんも出来て調えて、それをブラジル国の移民の担当のきかんに提出したが3月1日、ブラジルでは3月1日に、それまで大統領を勤めておられた、カイゼル大統領と仰る方が、あの、大統領をやめられたのが3月1日なんです。
ブラジルという国は、日本の、あの、何といいますか、丁度、総理大臣のような存在でして、大統領がやめられるとやっぱり、あの、それまで担当しておられた大臣という方達も一緒にやめられて、そして、その前後、やっぱり3ヶ月か4ヶ月間はこう言う移民という手続は、もうまったくストップしてしまうんだそうです。
そういうことで、私の、あの、手続は3月1日に書類が出るまではすむうずだったのが、それっきり、もうギッスリだめになってしまったんです、そして、そういう手続が届こうておる間に、丁度6月はじ、半ば頃、私は、あの、甘木にソフトの試合に行って、足のけがをして、そのまま入院させられた訳ですけれども、あの、入院させて頂いておる時に、丁度、親先生から「これがブラジル行きの最後の修行になるよ」という事を仰って頂いたことがあります、その時まではもう、ぜんぜんこう、ピント来なかったんですけれども、ともかく、親先生があー仰ることだから何か御都合が違いに、あるに違いないと思うておる矢先に、丁度入院して一ヶ月目ぐらいだったでしょうか、7月の中頃、若先生が病院へ来て頂いて、実は、国際協力事業団に頼んどったそれは、もう向こうの方が受け付けないということを言うてきたという連絡を受けさせてもらいました。
丁度、時を同じくして、本部の方でもいろんな手続を、手立てをこうじたけれども、本部の方も一切だめであるということが分かったということが、やっぱりその前後に連絡を受けさせて頂きました、そして、ブラジル国の呼び寄せによる移民の手続も、これはブラジルでは出来ないというその返事も、丁度、時を合わせたようにして頂かせて頂いて、もう、結局、何もかんも八方塞というような状態にならせて頂いた訳なんです、それで、これは、これ以上どうしようもないというような事態に立ち至った時に、私は本当に心の中に思わせて頂いた事は、考えてみりゃ2年前、あの、合楽に帰ってきました時に、今度は宗教家として堂々と渡りなさいと言われておった、その事を思い出させて頂いて、もう結局、私の小さい人間心だとか、もう、あさましいそういう自分勝手な思い込み方によって、もう宗教家として渡ることは出来ないと、その事を観念しよったことが、もうこれが一番の過ちの元であったと言うことを翻然と気付かされまして、11月の終わりに、夏期信行の終わり頃退院させて頂いて、帰ってきて、丁度8月の神愛会の時に、あの、親先生にその事を、もう、心からお詫びさせて頂いて、もうこれからは親先生の言われることに、もういよいよ素直に「ハイ」の一言で頂かせて頂きますと言うて、もうブラジルに渡るのも宗教家として堂々と渡れる手立てを研究してみますと言うような事をお詫びを申上げた時に、親先生から頂いたお歌が、これは夏期信行のときに頂いたお歌ですけれども、「成り行きを尊び受ける生方を学びて永久の命とぞぜん」と言うことと、「天地の真理陰陽の則に従いまっしぐら、人とし生まれし使命はたさん」という、あの、2集の夏期信行の時のお歌を頂かせて頂きました。
そのお歌を頂かせて頂きましたときに、なんかこう、心の中から、こう、湧き出てくるような元気な心が生まれてきたのを今も覚えてるな訳なんですけれども、親先生にその事のお取次ぎを頂いたそれから何日か後だったです、あの、ブラジルから手紙がきまして、あの、私の子供が、あの、あちらの、3番目の子供があちらで生まれて、あちらのブラジル国の国籍がありますから、その子供に引っ掛けて永住権が取れるかもしれないと言う連絡があったな訳なんです。
で、その事を旅行者の方に連絡が行って、旅行者の方が神戸の領事館でその事を話したら、ブラジルの領事の方が一度会いたいからと言うので、わざわざ神戸の領事館まで会いに行かせて頂いたのが9月の2日でした、もう本当に領事館なんかで宗教的なことを話すと、それだけでも、もう絶対、あの、( ? )は出来ないよと、もう以前、さいざん聞かせて頂いておりましたけれども、その時は、もう最初から宗教的な質問ばかり受けましたし、私も最初から、今度は宗教家として、私は渡らせて下さいという事を、もう、一番口に領事にお願いしました、そして質問されるままにいろいろと答えさせて頂いて、丁度壱時間位だったでしょうか、面会が、そして、面会が終わって最後に領事がおっしゃった事が、あの、ともかく話を聞いてると、あの、悪い事ではなさそうだし、第一あなたもまだ若いだし、信心も聞かせて頂いてると立派なようだから、何とか日本で永住権が取れるように、あの、努力をしますということをその時、ブラジルの領事の方が約束して頂きました、まあ、70%は今まだ大丈夫でしょうという事をその時言って頂いた訳ですけれども、あの、なんと言いますか、8月8日に心から親先生にお詫びをして、もうこれから親先生の言われる事に、もう「ハイ」の一言で従わせて頂こうと、もう心決めて、もうわずか一月も立たない間に、もう夢にも思わなかったそういう働きが起こってきた訳ですけれども。
私は本当に、親先生が良く仰いますが、この合楽教会という所は、もう、私の神様に対する「ハイ」の人から生まれてきたという事を良く仰いますが、私は今度の南米特効の手続に関してだけは、もう、いゆわえる、親先生に対する「ハイ」の一言からこれは生まれてきたものであるという事を私は、その事を本当に有り難いと思わせて頂きます、また、この事が親先生の前に対して、神様の前に対して「ハイ」の一言で従うという事が、もう、いかに素晴らしいか、もう、様々な中にそういう体験を頂かせて頂くな訳ですが。
今日も朝から、あの、親先生に、あの、親教会のお礼参拝をお届けさせて頂きましたら、だいたい夕方参拝させて頂きたいと思ってたんですけど、あの、朝早く行きなさいとうことを言うて頂きましたので、もう、今日は朝一番口に行かせて頂きました、行かせて頂きたら、丁度、あの、善導寺の三井教会の親先生が南久留米の大祭に出かけようとしておる、ほんな、もう、かんぱつをいれずそこに行き着かせて頂いて、そこでご挨拶させて頂く事ができ、そして、あちらの親奥様にも挨拶ができ、もう、見事なタイミングの中にお礼参拝をさせて頂いた訳ですけれども、もう、「ハイ」という言葉の中には我情もなければ我欲もない、計算もなければ不平も不満もない、そこに、神様が一つになって現れてくださるというような、まあ、そういうことを思わせて頂きます時に、まあ、いよいよ私は「素直心の一つにて、雲の上まで昇る道あり」という事を言われますが、いよいよ素直心を発揮させて頂いて、そして、なるほど、私達がハッキリしております事は、もう、例え、どういう事柄にも直面しても、どういう場にあたりましても、もう合楽理念に基づくと、ここはどう説かれてある、ここはどう教えてあるということは、もう、一目瞭然とする訳なんです、いや、心がふさぎきって、心が不安やら心配でいっぱいになって、そういうことを、合楽理念という事を思うゆとりもない時でも、そこに、おかげの泉、どこでもいいから、ちょっとそこを開かせて頂けば、もうそこには、お徳につながるような、おかげに直結するような、その溢れるような教えがある訳ですから、その教えに対してただひたすら「ハイ」の一言で従わせて頂く所から、そこから、なるほど、天地と共にありというような神様の働きも受けられることを、まあ、確信させていただくな訳でありあます。
私は、ほんとに、私自身の親先生との信心の触れ合いの中から、もう、どの1コマ1コマをとっても、そこにはおかげに直結する事の出来る、お徳に直結する事の出来る、祖いう信心を教えて頂いたことを本当にありがたいと思わせて頂きます。
そして、これから、南米の地に渡らせて頂いたなら、いよいよ、合楽理念の実験をさせて頂き、また、実証をさせて頂き、そこから、まあ、私のようなものにでもかけられてある神様の願いがいよいよ成就していくことのために邁進させ頂こうと思わせて頂いております。
本当に、私がこの二年間、こちらで帰って修行させ頂くこの2年間もさることながら、丁度私は、合楽に修行に帰らせて頂いて12年になります、もう、本当にこの12年間、親先生のご教導は勿論ですけれども、家族の方達、そして、合楽教会のご信者の皆様方に大変お世話になりました事を、今日はその挨拶もあわせてお話をしなさいということでしたので、ほんとうに、改めてお礼を申しあげさせて頂きます。
本当に、あの、今日、前講で佐田秀紀先生がお話しておられましたけれども、佐田先生のお話しを聞かせて頂いておる時に、女の方の妊婦さんの姿を御神眼に頂かせて頂きまして、佐田先生が改まるという事を前項の中で一生懸命はなしておられました、生みなという事には、どうでも、私はこの改まりに改まった、例えば、女の人ではよく(たいきょ?)という事をいいますけれども、(たいきょ?)がよくなからなければ、いわえる、生まれて来る子供が、あの、勘が強かったり、気が短かったりする、まあ、そういうことをよく言われますが、丁度、お月次祭の祭りの、親先生の今日、お祭りの御祈念中に「いっぱい黒い敷物が敷かれてある」所を頂かせて頂いて、その事とあわせて思う事ですけれども、もう、確かに私達の上に問題が起きてくる、問題がはらんでくる、これは、もう、間違いなく生みなすための、うみの前庭であるし、また、それは生みなすための神様の、いうなら、働きとして頂かせて頂く事を合楽理念で、もう、私達は頂かせて頂いてな訳ですけれども、その合楽理念で頂かせて頂く所の、生みなすための修行、産みの苦労、この事がいよいよ成就していく、いよいよ生き生きと出来ていく事のためにも、どうでも信心は日々の改まりが第一だといわれますような、なら、私にとりましては、もう、いつもが、
(新前?)の心で、その日その日の信心に取り組ませて頂くという瑞々しい信心こそ求められてくる事を思わせて頂きます。
有り難うございました。